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母音の数が五個ですし、当然、子音の数も有限ということになります。
「音素数が有限」などという妙な表現をしなくても、ひらがなの文字の個数が有限ですから、いまさらそんなことはいうまでもないことかもしれません。 ところが、多くの日本人は英語の音素も有限なのだ、という事実を実感していません。
実感どころか、考えたこともない、といったほうが正確でしょう。 あなたは、日本語はローマ字のような表音文字で表しうるデジタル的なカッチリした音で成り立っていて、英語はそのスペルでは表音にならない、何かモヤモヤした、つかみどころのないアナログ的な音だと考えていませんか。
もし、あなたがそう考えていたとしたら、それは大変な誤解です。 あなたがこれまで、いかに英語の発音をいい加減に扱ってきたかを証明しているといえるでしょう。
いいチャンスですから、ここで技術系でない読者のために、デジタルとアナログという言葉のニュアンスを少″補足説明させてください。 デジタル量とは、いわば与えられた目盛りの刻みで正確に測ることができる量です。
ある範囲で取りうるデジタル量の個数は有限です。 アナログ量は、与えられた目盛りの刻みと刻みの中間にある値も許されるような量です。
この小数が0から1までに取りうる値は無数であり、有限ではありません。 たとえば母音だけに限って話を進めると、日本語の音声は五つの目盛りのどこかに必ず正確に乗りますから、一種のデジタル的な音だということはすぐに実感できるでしょう。
問題は英語のほうです。 英語の音素も小数のようなアナログ量ではなく、日本語同様に整数のようなデジタル量だということです。
なぜなら、英語の音素は、その「音声スペル」(発音記号)という目盛りの上に正確に乗る音だのは当然です。 声を土台にして説明します。
ですから、″e″i″の音は、日本語の″イ″と″エ″の中間の音、などというふうに習います。 このこと自体は何も悪いことではないのですが、このときに英語の音が何かモャモャしたアナログ量的なものだと思いがちなのです。
「目盛りと目盛りの中間」ですから、小数的な雰囲気のものとして理解してしまうわけです。 最初はだれでも自分の母国語の音を基準に(目盛りとして)外国語の音を理解・評価するのは当然です。
音素数は有限英語の発音はデジタルことからもわかるように、英語音のほうが日本語音より目盛りが細かいのです。
英会話について解説いたします。
「音素数が有限」などという妙な表現をしなくても、ひらがなの文字の個数が有限ですから、いまさらそんなことはいうまでもないことかもしれません。 ところが、多くの日本人は英語の音素も有限なのだ、という事実を実感していません。
実感どころか、考えたこともない、といったほうが正確でしょう。 あなたは、日本語はローマ字のような表音文字で表しうるデジタル的なカッチリした音で成り立っていて、英語はそのスペルでは表音にならない、何かモヤモヤした、つかみどころのないアナログ的な音だと考えていませんか。
もし、あなたがそう考えていたとしたら、それは大変な誤解です。 あなたがこれまで、いかに英語の発音をいい加減に扱ってきたかを証明しているといえるでしょう。
いいチャンスですから、ここで技術系でない読者のために、デジタルとアナログという言葉のニュアンスを少″補足説明させてください。 デジタル量とは、いわば与えられた目盛りの刻みで正確に測ることができる量です。
ある範囲で取りうるデジタル量の個数は有限です。 アナログ量は、与えられた目盛りの刻みと刻みの中間にある値も許されるような量です。
この小数が0から1までに取りうる値は無数であり、有限ではありません。 たとえば母音だけに限って話を進めると、日本語の音声は五つの目盛りのどこかに必ず正確に乗りますから、一種のデジタル的な音だということはすぐに実感できるでしょう。
問題は英語のほうです。 英語の音素も小数のようなアナログ量ではなく、日本語同様に整数のようなデジタル量だということです。
なぜなら、英語の音素は、その「音声スペル」(発音記号)という目盛りの上に正確に乗る音だのは当然です。 声を土台にして説明します。
ですから、″e″i″の音は、日本語の″イ″と″エ″の中間の音、などというふうに習います。 このこと自体は何も悪いことではないのですが、このときに英語の音が何かモャモャしたアナログ量的なものだと思いがちなのです。
「目盛りと目盛りの中間」ですから、小数的な雰囲気のものとして理解してしまうわけです。 最初はだれでも自分の母国語の音を基準に(目盛りとして)外国語の音を理解・評価するのは当然です。
音素数は有限英語の発音はデジタルことからもわかるように、英語音のほうが日本語音より目盛りが細かいのです。
英会話について解説いたします。
